異性と親密になるために知っておきたい「〇〇の法則」

世の中、結婚したい男女が増えています。

結婚そのものを「別にしたくない」のではなくて、「したいけれどできない」男女が本当に増えています。その理由にもいろいろありますが、世間で誤解されているのが「選り好みしすぎ」「高望みしすぎ」など、恋愛活動にいそしんでいる男女の性質が悪いと言う見方ばかりであると言うこと。

でも、実際に結婚できない理由を挙げてみると・・・正社員になれないから結婚できないとか経済的なものにまつわる問題もあれば、「そもそもどのようにして異性と交流を図ればいいのかわからない」と言う、人付き合いの根幹にまつわる悩みを抱えている人も多数いるのです。特に後者の悩みについては、最近特に増加していると言うこともあり、世間では結婚のための専門学校やカウンセリングサービスが大盛況になる有様です。

20%を超えた男性の生涯未婚率、今後も生涯未婚率は増加の傾向をたどる。特に男性の生涯未婚率が増加している。生涯未婚率が増加することで出生率も低下し、日本の人口減に拍車がかかっている

 

恋愛関係って、苦労しないと築けなかった?

そもそも、結婚とか男女間の恋愛関係って、そんなに苦労するような関係構築だったのでしょうか。

私は人間関係に悩んで、心理学について興味を持ち、約1年間スクーリングを含めて学習しました。その結果わかったことは「人の心理がわからないと言って悩まなくてもいい」ということと、人が第三者を評価したり信頼する仕組みの中で「いかに効果的に自分のことを理解してもらうか」ということを、心理学の手法を主体的に用いて対応すればいいのであろうと考えるようになりました。

心理学と言っても、人の心を読むとかではなく、自分のことを誤解しないように認識してもらったり、理解してもらうと言うことを目的に心理学の考え方を用いようということなんです。正直な話、人間関係の構築がうまくいかない若者が増えていますが、その大半は性格が悪いとかの問題ではなく、自分を上手に売り込むこと、好印象を持ってもらえるようなPR能力が乏しいと言うことなんです。

恋愛関係が成熟する中で、「お互いがお互いを愛する」関係まで行こうと思えば、やはり最後には人間そのものが愛されることが前提になります。そこまで至らぬ一目ぼれや片思いが多いあなたには、いかにして意中の相手に自分を上手にPRできるか、そこに恋愛の成功がかかっていると思います。

 

見た目重視より、清潔感重視の時代へ

恋愛対象とみられるためには、ルックスや服装などの「見ため」も重要なのですが、それよりも大事にされているのが「身のこなしや清潔感」と言った意味での外見です。

身のこなしや清潔感は、ルックスなどとは関係なく性格が出やすい部分でもあります。例えば女性ならスカートをはいたとき、足を閉じて座るなどの身のこなしがどうであるかという部分です。いくらブランド物で身を固めていても、基本的な所作が身についていないようだと、幻滅されてしまう可能性だってあるのです。

そもそも、身のこなしが素敵な人はルックスや年齢にはあまり関係なく好意を持たれることが多いようです。恋愛において自分を好印象に位置づけたいのであれば、まずは表情からがんばってみよう、ということでしょうか。

 

表情からも読み取れる「異性の気持ち」

人間の表情はその左側と右側で、それぞれ特徴があります。多くの場合、左側にはその人の本心が表れ、右側には建前が表れます。つまり、相手の左側の表情に注意を向けることで、相手の本心が読み取れるということになるのです。

おそらく、相手の本音を見抜くのが上手い人はこの辺の顔の左右のバランスを本能的に見抜き、相手の本心が表に出ている言葉や表情と違うと感じるのかもしれません。また、逆説的に考えると、相手の表情の左右のバランスが良いほど、相手は本心が表情に表れているとも言えます。

 

職場の同僚と恋愛関係に発展しやすいのはなぜ?

人は接触回数の多い相手にほど好意を抱きやすい傾向があります。例えば同じ職場で働く人であるとか、よく行くコンビニの店員さんとか同じクラスの生徒であるとかです。

そういった同じ人同士が顔を合わせやすい環境で顔を合わせる回数が多いほど、好意を抱きやすくなります。これを心理学的には単純接触の原則といい、実験によって検証もされているそうです。

ただし、接触を繰り返すことで、増幅する相手の印象は、それまでに相手に抱いていた印象に起因します。つまり、悪い印象を持っている相手と接触を繰り返すと、その印象は悪い面が強化されます。

誰とでも合う回数を重ねれば好きになってもらえるというわけではないのです。やみくもに会うのではなく、好印象を持たれる言動をすることを意識しましょう。

 

「相似性」を意識させるのも効果的

同じアイテムを購入した、同じタイミングで入社する、同じ趣味を持つ…などなど、「同じ」を共有する異性同士は、恋愛関係に発展しやすいのです。これを心理学では「相似性」というのですが、自分と同じような言動をしている人や、自分の愛用するアイテムを所持している人に親近感を覚えて、心を許すことが多いんです。

良くありがちなのは、同じ大学であったり、同じスポーツを趣味としている場合、互いの人間同士が心を許しあうことができやすいという傾向があります。この傾向を利用できれば、恋愛に発展するのだって容易ですから、この相似性は応用するにふさわしいと私は思います。

実際に恋愛においても「気が合う」ということは結構重要です。実際、「趣味が合ったことから恋人に」ということもありえます。かと言って、自分の趣味ではないものを好きになるのはなかなか難しいと思います。

 

共通の話題を早く見つけると、恋愛関係に発展しやすい

例えば趣味が合う人とは仲良くなりやすいですよね。同じ音楽が好きだったり同じ映画が好きだったりするとそれだけで話が弾みます。これを類似性の法則がはたらいた状態と呼びます。

相手との類似点を見つけると仲良くなれるというわけですね。恋愛上手には話題の豊富な人が多いといわれるのもこの類似性が関係しているようです。

 

お互いに短所を補い合う「相補性」もある

相補性は、足りないものを補い合えるという関係です。例えば、友達同士でも性格は正反対なのにうまくいっている友達がいるのではないでしょうか。恋愛もそれと同じです。正反対だからこそうまくいくこともあるのです。

特に結婚の場合はこの相補性が重要となってきます。結婚するに当たって決断の素早い人同士が結婚するとよく考えずに夫婦で行動してしまう、ということも起こりえます。もしこれが、決断の素早い人と決断の慎重な人が結婚すると、ゆっくりと決断する人と念入りに相談をしてから決断をするので、失敗もしにくいかもしれない。これが相補性の力です。

ただし、この相補性は仲良くなってから重要となってくるものです。お互いの相補性に気づかないままだと、単なる「性格の不一致」と取られかねません。

 

「相似性」がある人間は、惹かれやすく、人間関係も構築しやすい
「類似性」を見つけることを忘れないで
「相補性」を実感できると、一生のパートナーとなりえる可能性も

 

そもそも、なぜ人間は異性の相手を求めるの?

あなたも、一人ぼっちで孤独を感じるとき、心はなぜかぽっかり穴が開いたように感じませんか。そして、その穴は何をきっかけに出来るのでしょうか。逆を言えば、愛する人と一緒にいるとき、心が満たされるのはいったいどこが満たされているのでしょうか。

その原因の一端は、どうも母親にあるようです。そもそも人間が、恋愛感情が目覚めるのはここに差があるものの生まれて直ぐというわけではありません。幼い赤子のころ、人はお腹がすいたり、オムツを変えて欲しかったり様々な要求を周囲にします。多くの場合、その欲求に答えるのは母親です。母親はわが子の要求に24時間休みなく応え続けます。一方で子供は母親が不快感を解消してくれたり、心地よい感覚を与えてくれることで母親と一体感を感じます。それはまるで母親と一心同体であるかのようにです。

ところが、子供がある程度の年齢になってくると色々と社会のことを理解し始め、また自分のこと、母親のことを理解し始めます。それはつまり、自分という自我に目覚め、自分は母親とは別人であるということの自覚に発展します。そうやって子供は自立していくのですが、一方で幼いころの母親との一体感や満たされていた感覚は記憶として残っており、それがある種の孤独を感じさせているのではないかというのです。

恋愛において、自分の母親に似た女性を選ぶ男性が多いということは、こういう心理学的な性質によるところがあるのでしょうね。言ってしまえば、相手の男性を振り向かせたいなら、男性の母親について予備知識を得て、まるで母親のように振舞うというのも、テクニックの1つかもしれません。

 

おおらかな気持ちで、相手を認め、自分を許す。

そもそも、世の中「ねばならない」が、多くないですか。ねばならないって、誰が決めたことなんでしょうか。

もちろん、法律とか道徳、そういった「お互いが心地よく過ごすためのルール」は、守らないといけません。それらはもちろん「ねばならない」ことに間違いありません。 ですが、最近の人間関係においては、「ねばならない」が、パーソナルルールになってしまっている気がします。

あたしのお気に入りの場所、そこは私の仕事するスペース、と言われても、 そんなことは誰だってわかりません。「あたし」しかわからないこだわり、それが「ねばならない」として、周りの人間に理解を得られぬまま、まかりとおっている場合だってあるのです。

普段通っている歩道があるとしましょう。目の前から人が歩いてきて、お互いに譲り合わなくて、鉢合せをするようになってしまう。 その時に「すみません」と言いあえるのが、心地よい人間関係。 口ではそう言いつつも、「いつも私が通っているのに」と思っていらだったりする場合は、「ねばならない」を押し付ける人間関係。あなたがどちらかはわかりません。もちろん、前者の人間関係であることを願ってやみません。

正直「ねばならない」ばかりではなく、「いいんじゃない?」ではだめなのでし ょうか。
あなたの「ねばならない」を、相手の立場に立って考え「それはいいんじゃない?」って、自分の胸の内で、相手を認めてあげられることは、できないのでしょうか。

今日からではなくてもかまいません。明日から、明後日から、来月から。
自分の「ねばならない」を、相手を認める「いいんじゃない?」に、ちょっとでいいから、変えてみませんか。 「いいんじゃない?」を使いこなせるようになると、自分の心がギスギスしなくなっていくこと、自覚できます。

 

失敗を恐れない。むしろ、自分らしくあれ。

心は、翼を持っている。なんだかレッドブル・エナジードリンクのことみたいですけど、私は信じています。心には翼があることを。

例えば、恋をして憧れている異性のことを思い浮かべましょう。あるいは、大好きなアイドルでもいいです。誰しも「この人のことが恋愛感情でいう”大好き”」という人間がいるでしょうから、その人のことを考えてみましょう。

どうです。跳べたでしょう。日常の嫌なことも、めんどくさいことも、忘れてしまっていたでしょう。心に翼があるとすれば、それはきっと「自分らしい自分」であることを、普段暮らしている地面から、ちょっとでも高い位置に自分を置いて、自分を自分の目で見ることができる、そのために翼があり、跳べるのでしょう。

大好きな異性やアイドルに恋焦がれている自分は、どんな人が見ても「自分らしい」と思うはずです。たとえ日常生活の中でダメ人間と言われても、能無しと言われても、心の翼で空を舞い、自分を見つめてみれば、そんな姿はかけらもありません。

もしそれでも自分のことを「ダメ人間」「能無し」と思う人がいるならば。その時は、翼を使って、跳ぶ勇気を持ってほしいと思います。勇気がないから飛べない、その一言に尽きると思うので。無理に飛んでケガをしたらどうしよう、高い位置から落ちたらどうしようと悩むこと、これも人間として当然の心理です。でも、その心理がゆえに、今の自分を劣等感と言う単一の価値でしか見られないならば、勇気を振り絞って、ケガをしてもいいから、跳んでほしいです。